2004/2/11

秋田県現代詩年鑑2004

平成16年1月25日刊




赤川 千賀子
雪の朝
 
ひとひら ふたひら
天上からふいに舞いおりる
遠い日の祖母の声
 
「今日は
 マメノゴフブギだがら
 とばされネようにな」
ランドセルの肩ごし
踏み俵の足をとめて
かけてくれた言葉
一寸先も見えない地吹雪
それが祖母のいう
「豆の粉吹雪」だ
 
この町の人々は知っている
なぁに「かまくら」が終るまで
それまでの辛抱さ ―― 
日、一日 日、一日 ―― 
雪囲いの隙間から
さしこむ日足が
次第に長くなる頃
祖母の言葉も春めくのだ
 
「今日は
 デゴスリミヂだがら
 はねられネようにな」
シャーベット状なんて
カタカナではない
デゴスリとは
大根おろしのこと
醤油の如く
泥で着色された
「大根おろし道」(デゴスリミヂ)とは
全く絶妙の比喩だ
 
明治の女が名付けた雪が
今年もこの町を包み込み
融雪剤の舗道を行く
ランドセルを
今朝も見送るのだ
 
阿木 龍一
砂の丘
 
ぼくらは出かけて行った
十月初旬の太平洋に張り出した御前崎
断崖の270度開けた高台から見る海は
水平線がわずかに曲がっていた
雲が地球の円弧と平行に流れていくように
ぼくらは円弧の一点となって立っていたのだ
 
二人で下りていった海岸の波打ちぎわ
砂はざらざらの濾過器
恋のわだかまりを濾過する
波はさらさらの消しゴム
愛の秘密の文字を消そうとする
暖かい海流のもとをたどれば
美しい島々が広がっているはずだ
きっと二人が暮らしたくなる島
 
地図の片隅に載っていた浜岡大砂丘
ひと山越えるのに何度も転びそうになり
靴の中は砂であふれていた
砂を取り出すため あなたはベンチに座った
目前にスカートの奥で光る白い海があった
太陽が頭上にあった昼下がり
風は砂浜に打ち上げられたポリ容器を
ずっと転がし続けていた
 
ビルの仕切られた部屋で仕事に暮れる日常
満員の通勤電車で肩を触れながら揺られ
人ごみを掻き分けて道を急ぐ日々
コピー用紙や包装紙や意味のない郵便
たくさんのゴミを排出している
 
限りなく広い場所に立てば
あるものは地球だけ
人ではなく 会社でもなく 組織でもない
都会でどんな錯覚をしていたのだろう
潮騒の砂の丘 浅瀬のみぎわ
ゆるやかな曲線の砂浜の延長にある岬
それらは自分で形を作ることは出来ない
水に支配され
風に支配され 太陽に支配されている
しかし究極の生き方を想像させる
 
芦野 時子
幻 夢
 
いつか むれからはなれて
ひとり たたずんでいた
 
果てしなく色彩のない砂漠の風景
不思議なことに 足もとに豊かな水の流れがあり
満月の影が金砂になり漣に砕けては浮かんでいる
過去の日々が
淀みなく おだやかな速度で流されてくる
 
  さくらんぼ色の花 かわせみ色の花
  赤ちゃんのほっぺ色のオーガンジーの花
  盛りの花 半開きの花 咲かなかった蕾
  掬いあげると花は掌の中で 一呼吸する間も
  なく 手品のように消えた
 
過去も現在も混沌として小さな透明な器の中で
溶け合っているようだった
積もった日々はすべて一瞬のことで
掌の上にのる程の出来ごとでしかなかったのか
 
幻夢の中では
心地よいベルベットの感触に包まれ
さわやかな風景 好きな人々 美しいものたちに
囲まれていた
眼覚めると回転舞台の裏側 暗闇に雑念ばかりが
間断なく追いかけ 日常は忙しくおし寄せてくるのだ
舞台の終章の果てに スポットライトに照らし出されていたヒロインは あとかたもなく消えて
  ―――― 突如
  「しきそくぜくう」
  「くうそくぜしき」
海と空と山と風の大合唱が海鳴りのように起こり
色褪せた鼓膜をふるわせて過ぎていく
 
  とおく とおく とおく地の果てまで
 
石川 悟朗
イラクの雨
 
さわさわとながれる 谷川
かさなりあう木々のこずえ
陽はチカチカとさしこむ
みどりが降る
わたくしのむら
 
人は田や畑をたがやし
いくねんとなくくりかえし
なにごともないように
むらの土は人のくらしのなかへ
ふかぶかと入りそのぬくもりを伝える
 
このさわやかな朝に
いちまいの新聞が報じた
一瞬のうちにイラクの土は焼け地獄と化した
父を母を捜す子ら
 
ふるさとを失った子らはさまよう
 
涙は落ちる
とめどもなく
つぶらな瞳から
涸れるまで
瓦礫のなかへ哀しみを濃くして
血はただよい 涙を集め 雲となり
 
雨が降ってきた
わたくしのむらへ
だれの涙?あの子らの涙?
雨はわたくしの目にあふれる
背筋を伝って芯までぬれる
 
わたくしのうつろな目に
さわさわと風がながれる
かさなりあう木々のこずえ
みどりにつつまれた
のびやかなわたくしのむらの子ら
一人はざんぶと川へ飛び込んだ
 
いしづか まさお
五十八年目の夏
 
仏印・マレー・ビルマ・蘭領東インド
そして 米領フィリピンと頭の中で地図を描く
ボルネオ・スラバヤ・ニューギニア
そして ソロモン諸島と南の島々を手でなぞる
大東亜共栄圏の地図を食い入るようにみつめる
その地図に日の丸を…少年の心が膨らんで弾んだ
一九四二年の夏のことである
 
ベトナム・マレーシア・
    ミャンマー・インドネシア
そして フィリピンと朱筆の国名を読みながら
ミクロネシア・メラネシアの島々を地図でさぐる
あの頃の島名がはっきりと苦々しく蘇生する
トラック・タラワ・
    ニューブリテン・ブーゲンビル
そして ガダルカナルと南海の潮騒が騒ぐ
二〇〇三年の夏がこだわりつづける
 
ガダルカナル島の攻防とソロモン海域での海戦
戦病死二万余の霊が密林を彷徨っている
鉄底海峡に沈んだ多くの船体と魂が震えている
一九四三年二月一万余の兵のガ島撤退
四月山本長官陣頭指揮の「い号作戦」と戦死
一九四四年二月ラバウル航空基地撤退
戦史を読みながら地図でたどる
 
紺碧に光る大海原のまぶしい珊瑚礁の島影
悠久の時の刻みが静かに波打つ
南太平洋の海底をただよう水く屍(かばね)
南の島々の密林をさすらう草むす屍(かばね)
かすかに聴こえる たしかに聴こえる
海鳴りだろうか 耳鳴りだろうか
幾千万の魂魄の嗚咽が聴こえてくる
幾千万のいのちの軋みが聴こえてくる
 
一九四五年八月暑い夏であった
あれから五十八年が経った
五十八年目の夏である
少年の心になって環太平洋の地図を広げる
大東亜共栄圏の地図がかすかによぎる
魂魄の嗚咽を聴こう いのちの軋みを聴こう
五十八年目の夏は冷夏である
 
  *鉄底海峡…ソロモン諸島のスロット(ニュージョージア海峡)に日米の輸送船・戦艦・潜水艦など多く沈没したためアメリカ軍がそこを鉄底海峡と名づけた。
 
稲葉 淳
満 足
 
形がわるくたって
うまけりゃいいじゃないか
ぶかっこうでも
ぶきようでも
人生に満足できりゃ
しあわせ者じゃないか
ぶ男だって
心が美しけりゃ
心あるかわいいかみさんが
どこかで待っている
きっとめぐり会って
満足してくれるというもんだ
 
新しい希望を
 
失望してはいけないのだな
新しい希望を求めて前進だ
きっといつかはすっかり楽しくなる
あきらめてはいけないというのだな
前へ前へと求めなくては!
きっといつかはすべてがよくなる
 
その日を待ち望め!
 
あしたから
 
あしたから何が起こるか
誰も知らない
何がやって来るかもわからない
すべては謎
知っているのは神だけ
人の知る所ではない
 
今川 洋
記憶の風
   ――秋田ポートタワーセリオン
 
風は多くの脚を持っている
タワーをぐるぐる巻きにして
涼やかな音色を発している
秋田港を見下ろして
海鳴りに耳をすましているタワー
水平線のむこうにも海があって
海 海 どこまでも続くから
風が誘ってくる船を吸いこむ
 
時代の風は市街地を撫でる
はるかの鳥海山・奥羽山脈・男鹿半島……
太平山とも語る日々
そのむかし 太平山を仰いで
「さようなら」と挙手の礼をして
征ってしまったひとよ
セリオンを知るよしもない
 ここで潮風にたわむれ 風の脚を捕らえ
 碧い海上を駆けまわった日もあって……
もう還ることはない
七つの海をわたる潮風の魂のみ
 
ライトアップのセリオン 夜の闇を深くして
むかしの語り草などふりはらい
新鮮な自由を噴出し
風の脚を華麗にそよがせる
 
ライトが消える夜明けのタワー
の陰 幻想の在りかを求めて
記憶のうずくまる暗い暗い渓谷
 世界のどこかで大量破壊
 事件の引金はどこにでもありそうで
 冷たい足裏の苦痛
 
やがて太陽が昇る いぶし銀の風
タワーは記憶の風だけ背伸びする
 
磐城 葦彦
贈りものはお化け
 
みえますか 埋立地のむこう
大勢の 人たちが やってくる
失われた干潟の 死神でない ほんもの
あなたが 背後に 神さまの なきがら
祭礼の由来やお伽さがしもしないで
人工の浜辺を 無邪気に さまようところ
 
心地よさそうに ひろがった台場
一筋の ひかりの帯は 天女の羽衣
かつて 江戸のなごりをとどめた辺り
愁嘆が 天と 地を 染めていくと
蘇ってくるような 気配が 漂い
どうしたのかと怪訝な仕草で見合せた顔
 
新橋から 有明に走っていく 空中軌道
あなたのすまいの跡に 行くかもしれない
喜びに浸った架橋のひとときだが
そこは 夢の島 生活化合物の集積
ガラスの森を美しく装っても 脆く はかない
ゆりかもめが宿した贈りものはお化け
 
たくさんの 杭が 林立し
波型の風が お化けをかたどっていくが
思念の繁みを 育みはしない
試されているのは 人の方
お化けが住みやすくなったのだろう
ぼうふらみたいな 愛惜の蜃気楼
どこからともなく 群をなし ゆらめく
 
もう ここに 葦は一本も 生えていない
水鳥さえも 遠くで 静かに眺めている
陽は 限りなく 降りそそぎ
海は 匂っているが
潮騒は 湾から 沸き立ってこない
 
自然の恵みを 深々と削りとった一角で
きょうも神さまに似せた人たちが
標識を失い お化けと共に 賑わっている
 
加藤 妙子
メンソーレ
 
琉球村(りゅうきゅうむら)の水牛テッチャンは
おばぁに引かれて石臼を挽く
日がな一日円を描くのに飽きたテッチャンは
ふと立ち止まる
観光客にチブル(頭)を撫でてもらった
メンソーレ(いらっしゃいませ)
テッチャンのミィ(目)は
夕暮れ時の海の色をして
いまにも涙が溢れてきそうだった
 
  あれはとてもひどい戦争だったよ
  本土決戦で沖縄のみーんなが
  血に染まり死んでいった
  ひめゆりの塔に行って見たかい?
  「和子よー、貞子よー」と娘の名を呼ぶ
  父親の声が今でも聞こえるんだ
  学徒隊の少女達や多くの沖縄人の魂が
  壕の中で無念の悲鳴をあげている
  ガジュマルの樹と樹が結び合って
  少女のおさげ髪のようだ
  摩文仁(まぶに)の丘には
  秋田県人の慰霊碑がある
  蕗の紋章を刻んだ碑が
  東シナ海を見つめている
  故郷の美しい海日本海を
  どんなにか思っていたろうね
  ぼくはこうして石臼を挽きながら
  沖縄の海がいつまでもいつまでも
  美しくあるように
  カデナ基地から
  戦闘機が飛び立つ事のないように
  そして我(わ)した島沖縄は
  日本の国でもあるって事を
  語り継いでいくんだ
  「テツ?」
  あ おばぁが呼んでいる
  那覇の国際通りは朝まで賑やかだ
  お土産には上等な泡盛一本あればいい
  チム(肝)にじーんと染みちゅ
 
くすんだ柿色の瓦屋根には
(つがい)のシーサーが
海を向いて睨みを利かせていた
 
加藤 トキ
風の回廊
 
私の名前が載っていない
戸籍簿の写しが一枚風に吹き飛ぶ
父の膝に抱れた記憶もなく
人前ではやさしく振舞い、家では
「お前に何が出来る!」と冷やかな目を下し
「親でも子でもない!」と全身に棘を突き刺され
裏山の暗闇は
びゅうびゅうと吹き荒れる
風の回廊だった
 
烈しい風に吹き寄せられて
都会の隅に小さな家庭を築いたけれど
夫はぼろぼろ心を落し
拾い集めても、集めても、風に吹き飛び
やがてその破片(かけら)も消え去り
残された幼子は
かつて山頂で出合った
ヒナザクラの白い妖精のように
清澄な光の輪を拡げて伸び
くらしに冷たく吹く風を和らげ
季節を越えて行く息吹だった
 
穏やかに鎮めたはずの風は更にしぶとく
私の命を蝕ばんで吹き荒れる
はるかな時から続く水音の中を彷徨い
ベッドに繋がれた蒼ざめた命
乳房喪失
癌細胞は更にからだの奥深くを狙い打つだろう
からだごと暗闇に落ちて行く刹那
飛び狂う風の鞭をすり抜けて行く命は
詩であった
 
あの白神のぶな(木偏に無)の若木たちは
雪稜に慈恵の陽光が降り注ぐと
バシッ!バシッ! と
硬い雪を跳とばし
ぶるんと弾んで立ち上がる
枝の先まで樹液が温く流れて
芽吹き寸前
風を鎮める私の詩が回廊を巡りはじめる
 
亀谷 健樹
せつぶんの唄
 
春を待つ ちいさな村で
冬籠りの すべての窓をあけはなち
よしあしのしきたりを
おおいかくした堅雪に
豆撒く叫びが こだまする
 
 おには そと
 ふくは うち
 
やまいのあおおにも
けんかのあかおにも
福豆ぶっつけられ 怨敵退散
されど まもなく鬼の面はずし
呵呵と舞いもどる 福徳円満
 
おなじしゃばでの うちとそと
生死流転の火宅なれば
いったりきたりの おおいそがし
 
 てんに はなさけ
 ちに みなれ
 
ゆめのまた 夢か
うちゅうせん・ころんびあは
かなしい中天の 花と散り
 
ふれると はじけとぶ
あふがにすたんの地の栗に
いのちうばわれる業は 今もなお
 
にっぽんの さいはての寺に
めぐりくる 明日は立春
きなくさい せかいのおおおにと
めつぶしくらわせずんばと 豆つかみ
しょうこりもなく
 
 鬼は そと
 福は うち
 天に 花さけ
 地に 実なれ
 
木口 得三
竜舌蘭の花
 
五〇年目に咲くと云ふ花が咲いた。
さいたま別所公園の地に確かに。
静かに咲く 燃える様な花
時間との約束(指切り)
連なる 人々の前にある花
無だ。
限りなく無に近い有だ。
孫が夏休みの宿題に画くと云ふ。
七十半ばの老人の見た花
竜舌蘭の一度の姿
 
北村 瑠美
やうさんの雅香(がっこ)
 
 はじめに まず
 ぎゅうっと押さえる
 だがあまり長くしてはいけない
 頃合をみて
 重しを軽くするのが肝要
子育ての極意ではない
やうさんのつけもの談義だ
歯ざわりの良さは
重し一つで決まるそうな
 塩でごりごりこくれば
 いい色、いい味がでる
やうさんのつけもの哲学は
人生修業の教訓となって
 
テーブルいっぱい
やうさんの雅香(がっこ)
不思議な世界を引き寄せる
ほの暗い土間の隅で
冷え冷えと眠る奥づけのたる
 封印したものは
 開けてはいけない
 時間と闇に抱きしめられ
 ぬか床に放たれていく
 野菜の夢はまだ浅い
やうさんは声を秘める
 
やうさんの雅香はしみじみと
カリリ ポリリと口の中
 
木内 むめ子
悲  愁
 
昇り発つ人がいて
人人がいて
あらゆる生物が いつか必ず
天空高く 茫洋の世界に消え去る
空は素知らぬ顔で
ただ 何事もないように
青い広がりを 静かに見せているだけ
 
空よ
お前の静謐は その真髄は何か
一億か 十億か 何十兆にもなるか
昇りつめた 魂の在処(ありか)は ―― 
どこ とも言えまい
ただ おだやかに おおらかに
悲愁をのんでの たたずまいか
 
誰かが導くのか
誘なうのか
それとも
神のみ手か
何れでもよい
下界に満ちた この悲痛の息吹きが
空よ
お前には きこえるのか
見えるのか
ただ
微動だにしない ふかあい青さが
カタ カタと骨を震わせて
悲しみを呼ぶ
 
空よ
お前には 無限の広さがある
お前には 飽和も拒否もない
お前には あくなき 青さがある
 
お前はそれでいい
ただ
人の世の哀しさを
動かぬ青さに塗らせてほしい
 
工藤 悦子
松かさ U
 
長い間のくぐもりが
目から鱗が落ちるように
ミラノの街の公園で
巨大な松かさを拾った
長さ二十a 直径八a
(やに)でべとべとの
子供の血糊のように
拭いても拭いても
ぬぐい切れない
重さを抱かせて
 
衛星放送で聞いた
アウシュヴィッツの
生き残りの小母さんの
ポーランドの話
大きな穴を掘らされ
こんな松かさを
山ほど集めさせられ
生きた子供が
放り投げられ
燻り殺された
 
犯人はこれなんだ
日本の松かさで
思い悩んだ年月
地続きの国の
恐ろしい話
 
ビニール袋に入れ
大事に持ち帰った
戦争を忘れぬために
昼 何千と殺したナチスが
夜 モーツァルトを
  楽しんだという
人間の恐ろしさを
決して忘れぬために
 
工藤 優子
繋  り
 
むし暑い舗道に
人と車があふれ
お盆の花をたずさえながら
家族連れが右往左往している
 
やっと空いた隙間に車を入れ
墓地へといそぐ
松林の中のいくつもの道
草を取り 墓を拭き 水を汲む音がして
晴れ渡った空の下 子供の声も穏やかに
経をあげ 帰ろうとすると
ぬーと女の顔がさえぎり
目と目をそらさず
暫く見詰め合っていた
 
何年ぶりだろう
お互い年を取ったね
鈍くなった記憶の鏡にあなたの名が蘇る
どちらも父親似で額の広い いとこ同士
でも幼い頃のあなたは可愛いかった
父を早く失い 苦労して……
その仕草に叔母の立ち居振る舞いまでが
しっかりと抱き合う体の温もりに込み上げる
年月の過酷なまでの早さに気付かされて……
それでもちっとも変わらず直向きな目許
誰も邪魔することができない 此の繋り
過ぎ去った人々まで呼び覚まし又熱いものが
人って勝手なもんよねえ
帰って来ない歳月の重みに今更……
せめて いい思い出の一齣一齣にたどる
遠くに住むいとこ達 どうしてるかしら
こうして 墓前で会えるなんて
 
元気でね 家族が向うで待ってるわ
あなたは少し太ったけど幸せそう……
私も母の年を疾うに過ぎたけど
まあ何とか ―― 
 
いまだに残っている
ふっくらした感触
 
小坂 太郎
 
 (父)
 
―家(え)さ帰るんす
  父がいい出しました
―こごがお前(め)の家(え)だべった
  と何べんいっても
―お世話になったんす
 そろそろ戻らねばならねんす
 
 初めて雪の降った日の夕方
 家を出て 父は
 峠をさして歩いていました
 父母の行った山に向かって
 祖父母の眠る山に向かって
 
 雪が音もなく降り積り
 父の足跡をたちまち埋め
 父の姿を消してしまいました
 
 (母)
 
 母は待ちつづけました
 峠を越えていった者たちを
 
  冬は囲炉裏に根っこを焚き
  夏は冷たい山の清水を汲み
  暗い夜道の窓明りをともし
 
  砂利の道は舗装され
  自家用車が走りぬけ
  電話が鳴りテレビが映り
  ゆきとぴあ のイベントで
  一晩だけの観光花嫁も来て
  村は町の顔をしてきました
 
 でも雪は音もなく降り積り
 峠を越えた者は帰りません
 母は目をつむり凍りついたまま
 石地蔵になって立ちつづけます
 
  *ユートピアをもじったイベントで、町から花嫁行列が馬そりで峠を登ってくる。
 
児玉 堅悦
「定年退職」……過ぎて三箇月
 
他人ごとに思っていた
「定年退職」
それは 映像のように潤いのあるものではなく
もちろん 華のあるものでもなかった
いつもの年と同じく
あわただしく三月は過ぎて
またどこかへ赴任するかのように
荷をまとめて職場を去った
 
四月の空は突然に広がった
人の世の印「職業欄」
 量販店でカードを作る
 「年金生活者」と指示される
 ホテル宿泊者名簿 一瞬の躊躇
 「斜線」を入れる
 医院問診票 もう慣れた
 「なし」と記す
 
……過ぎて三箇月
歯痛 腰痛 眼のかすみ
長年放置の付け
通院を日課の一つに加える
小路をゆっくりゆっくりと巡る
時折疲れて脇を見る
木陰とベンチがあればいいなあ
などとは思ったこともなかったが
 
両の手を拡げてみる
右の手から
勢いつけて一つ二つ 三つと指を折る
四つめゆらゆら 五つめふらふら
左手は強張りとどこおったままで
先ゆきに見えるものは何もないが
予兆は心の静まり
 
一日のいくばくか
地動説から天動説へとわが身を置きかえる
そうした他愛のないすさびごとの
いつの程にか
新しい景色が見えていた
 
駒木 田鶴子
天突き運動
 
胸もとに拳をかまえ
股をひらいて膝を深く曲げる
頭上にたれ込める鉛色の雪ぐも
千人の少女は
千基の発射台となり
伸び上がりざま 両手でドンと天を突く
ヒトーツ・フターツ・ミーツ・
ヨーツ…………
 
肉の薄い足の指で雪をつかみ
てのひらを天に向けて
あるときは千本の棒ぐいとなり
天孫降臨の青天井を支えるのだ
サンジュイチ・サンジュニ・サンジュサン・
サンジュシ…………
 
第二大隊・第三中隊・吉成小隊
雪の校庭に整列する
我ら はだしの少女兵
しだいにマヒしていく足裏の感覚
 
いざこい ニミッツ・マッカーサー!
銃後の子らは 火の玉となり
竹ヤリとなって天を突く
ゴンジュイチ・ゴンジュニ・ゴンジュサン・
ゴンジュシ…………
 
戦争が終わって
しばらくたって
少女たちは知らされた
天突き運動のなかまたちが
伏せの姿勢を取ったまま
焼け焦げた棒ぐいになっていたことを
小さな拳を天に突きたてて
仰向けのお地蔵さまになっていたことを
 
小さく小さく小さくなあれ
小さくなってアリさんになあれ
かわいいコスチュームを着けた幼子が
体操のお兄さんといっしょにアリさんになる
 
大きく大きく大きくなあれ
大きくなって天までとどけ
戦争を知らない幼子が
つま先だちしたり とび上がったり
色とりどりの小鳥になる
 
斎藤 肇
鉛色の空
 
 「午前の授業は 暗渠排水の柴運び」
校庭に集まった五年生以上 男組
 「回れぃ右っ 二列縦隊 前へ進めっ」
前と後ろに 先生は詰め襟、縄手道を里山へ向う。
西の空は鉛のように重かった。
刈田を過ぎ、茅(ちがや)の丘をのぼって、隊列が一列になった雑木林は、落葉を敷いてモノクロにくすんでいた。
伐り倒された里山の斜面に、砲筒のように長く束ねられた柴束が、何箇所にも積まれていた。
 
四人一組、荒縄で固く束ねられた生柴(なましば)は、小さな肩にずしりと喰い込んだ。山道は濡れていた。
V字の底の細い道にはぬかるみができていて、泥が、継ぎ接(は)ぎ長靴の内側を股まで擦り上がった。
急なカーブにさしかかると、道なりに撓めない柴束に後尾が弾き出されてよろめいた。手も足も冷たかった。
奥歯を噛んで、みんな無言であった。
 
馬車が通れる里山の出口まで数十分。呻吟の呼吸(いき)をやっと合わせて荷を下ろす。 ―― 大きく息を吸った。どっと安堵感が押し寄せて腰が砕けた。柴束の上に仰向けになって、しばしの間眼窩(がんくう)の白い空間に身を投げた。
帰りの縄手道は早い者順、三・三・五・五。鉛の空は時折小雪をちらつかせ、かじかんだ手をポケットに押し込んで、みんな速足だった。
 
国家総動員、勤労即学習、滅私奉公、ひ弱い自分に涙するだけで、微塵の疑問も抱かなかった少年のとき、憶えば今でも鳥膚がたつ。
「だから根性がついたのだ」と慰められても、一度きりだった少年のとき。六十年の時が経つというのに、脳髄深くインプットされた妥協できない情景がある。
 
西の空が鉛色に沈んだとき、学童の煌めく瞳に出会うとき、祈りのように時の流れを想うのだ。
 
斉藤 怜子
昔をいまに
 
忘れがたく目に焼きついていた写真での姿
お目もじしたい思いが叶い
いま ゆっくり座しています
斑鳩の里の半跏思惟の菩薩さまの前に
 
一瞬 ブロンズかと見紛う
千手観音にみるこわばりもなく
伎芸天にただよう匂いたつような気配もない
下地の黒漆が輝く等身大の親しさ
裳裾のひだがゆれる清楚な姿
時の流れに美しく身を晒して
右手の指先を頬にふれるようにして微笑む
東洋のアルカイックスマイル
このたたずまいの中に
忘れてしまいたい時間(とき)
 
ぼさつさまには ぼさつさまの約束ごとの
手の動き 指の先
深いわけを一身に抱いて
身勝手な願いごとをもお聞きになっている
子育てを終えたころ
ふと目に止まった一文が鮮やかによみがえる
生をうけたみどり児が
まだ目も見えないときにするしぐさ
・印を結ぶような魅惑の指先
はじめて母になったとき
あきもせずみつめていた同じしぐさ
この国のぼさつさまにあるという
子を守る母のまなざし
行く末にこめる祈り
千三百年の
昔をいまにものがたる
 
      *宗教的理念を指先で表現
 
     国宝 如意輪観音半跏思惟像(中宮寺)
 
佐々木 ひでお
百  姓
 
百姓とは
人の生命(いのち)を育(はぐく)
尊き人のことなり
 
一粒でも多くの実りを願い
百の心と身を砕(くだ)
 
耕しては思い
種を蒔(ま)いては思い
苗を植えては また思う
 
雨が降っては思い
風が吹いては また思う
 
暑くても寒くても思い
寝ても醒(さ)めても また思う
 
稲花(はな)が咲いては思い
(みの)っては思い
刈り取っては また思う
 
一時たりとも心休まることなく
ただひたすら土に生き
土に帰す
 
百姓とは
名も財(ざい)も求めず
自らの骨身(ほねみ)を惜しむことなく
人に生きる力を与える
慈愛(じあい)深き人のことなり
 
佐藤 あや菜
求めてやまない心情
 
 疲れた足をひきずりながらも
倖せとは、未来とは、自己完結とは
と、求めてやまない心情を抱いているのです。
 
 顔を照らす暁に、吉兆の印ありやと ―― 。
夕べには火の玉はボトリと地平に落ちた……
刻々と拡がってゆく闇に瞠目、立ち塞がる畏
 怖の扉、自戒の扉。
 
 あざとい多弁に共鳴し、たわわに実る偽善
 の果実をむさぼり、無知の歪みを背負って
時代の足並みからも、垂直の思考からもずれ
 た混沌の沼が、扉の向こうに ―― 
 
 残された膨大な歴史書。たった一枚の薄い
 真実を見つけ出し、この証文を標とし携え
 たとしても、自分で探し踏み入る道しかな
 く、何処へか進んでゆかなければならない
 のです。
 
 道端の小さい花
に、落ちて光るひと粒の涙
の慈愛
を、求めてやまない心情を抱く限り ―― 。
 
佐藤 信康
贅沢は敵だ
 
大東亜戦争中 私は小学生
「贅沢は敵だ」と 声をかけ合い
御国のためにと 清貧質素であった。
 
ゴム長靴が破れれば
雨の日 雪の日 わらぐつをはき
甘いお菓子も口にせず
塩っからい煎餅で がまんした。
 
少女が かわいいリボンを
髪に結んだだけで 「あの子は敵だ」
少年が ハイカラな洋服を着ただけで
「あいつは敵だ」と にらみつけた。
 
身も心もすべて 滅私奉公 国のため
「贅沢は敵だ」と がまんした。
 
戦争が 終わった。
ああ すべてが失せた。
「贅沢は敵だ」と 叫び
真面目に励んだ 挙げ句の果てだった。
 
国民総貧乏 戦後の歩み
働き蟻の国民は こつこつと働き続け
「贅沢は味方だ」と 声をかけ合い
がんばって がんばって 豊かになった。
 
身も心もすべて 私利私欲 己のため
「贅沢は味方だ」と 叫び
清貧質素は どこへ いったやら……
 
不景気風が吹いて いまだ 吹き止まず
失業 倒産 デフレ経済。
あれも これも使い捨て 消費経済。
物はあふれ 百円ショップ 大繁盛。
 
我等は 食うに困らず しあわせ 満足?
これでよいのか。
世界のみんなは しあわせか?
 
今こそ「贅沢は敵だ」と 叫ばねば?
 
佐藤 真紀子
その夏の日 春へ
 
白く澄んだ光があたりに
かすかな陰影も残さず
そこに在るもの全てを
均しく照らしている
樹林の枝々は緑の濃淡から
静かに刃を研ぎ
真青な空に雲を射し止める
 
今もあの丘に風は吹いているか?
 
車寄せの前
藻草一本浮いていない
皿のように薄い池がある
骨まで透けてみえる小魚が
背鰭を横に向け灰青色の
水の中を喘ぐように泳いでいた
 
斎場の石造りの広間の
鉄扉は固く閉ざされ
替って浅く腰掛けに
長椅子から今しも
立ち上ってきそうな
老女の写真がその前を塞いだ時
窓辺のひんやりとした逆光で
影法師になった人がひとり
遠く離れて立っていた
 
大地に生え根づく植物の多くが
その根方や葉や花や実に
毒を秘そませ青々と繁り
鮮やかに咲くのは何故なのだろう
 
暗い闇の中にわずかに
香の匂いを含んで
無垢で生まれやがて毒を纏った
美しいとは言えなかった
時間を遥かな処へ運んでいく
 
低く重い炎の音が
しだいに高まり
地鳴りとなっていく
立ち昇る煙が悲母観音の掌から
零れ落ちたかのような
輝く球体となって中空に
浮んでは消えていった
 
生きるためにただひたすら生きて
自らの身を仮湯灌した水の人を
今土へ還すために
意味なく焼き尽くす
 
卵の殻の頭蓋の一片を
壊さぬように拾う
ふと見ると足音のあたりだけが
消えていた
あの窓辺の影法師も
消えていた
 
私が要らぬ事を
思いあぐねている間に
同行二人もうそろそろ
昔遊んだ浜の優しく穏やかな
波の音を聞いているか
 
雲が流れていく
樹々の葉が揺れている
風は追風 鬱金色の光が
今松林を風琴に変えて
母音から子音へ
旋毛を巻いて吹いている
 
佐藤 光幸
柿の木の春
 
ポカンとするような空が
屋根の上にあいた
あんな色の無辺の存在が
まだあったのかと見上げる
〈縹色かあ〉 ぼうっとながめる
 
老いた柿の木は
固い枝のまま汗ばむ
何も無いと見てとった雀が
やせ枯れの梢から
雪しろの畑に飛んで行く
 
ひさしの雪が
ろうそくみたいに溶けて雪崩れる
ハウスのほうれんそうが仰天 緑の吐息
紫色の花キャベツが
アツアツ、アツと叫び出す
 
となりとの境目で
猫がダンゴムシを見つけ
石の下に爪を立てる
犬は宙に鼻をつきたてて
サイレンに遠ぼえする
冷たく澄んだ高みの空が
しびれる深い青をたたえて
練り絹の光沢を走らせる
 
家並みが切れた先に差す陽光
セキのふちから土手に
バッケが顔をちらほら
〈わしの細い腕にだって
 若葉が芽吹くだろうさ〉
柿の木が青空に目をほそめる
 
病み上がりの掌が痩せ枝をさする
 
菅 つぎ
茶色の小瓶
 
それは小さな茶色のガラス瓶
中には淡い黄色の液体が
かすかに匂いながらたぷたぷ揺れていた
昔の、とある物語り
 
空が晴れてもたぷたぷ
雨が降ってもたぷたぷ
春でも夏でも
生きものの様に揺れていた
月の光りに照らされて黄金色に輝く夜は
嬉しくなって一層止まず揺れつづけた
 
ガラスの小瓶はどこへでもついて行った
鞄の中や外套のポケットの中
車にゆられ 電車にゆられ どこへでも旅をした
時にはボコボコと文句も言った
それは心を支えた友の證し
 
慶びの時も哀しみの時も小瓶はいつも傍にいた
過去をなつかしみ 世の変転を憂い
未来への希望や詩を語り
働き疲れて夜はぐっすり眠るキーワード
 
小瓶の中では総てを知って、なお許しながら
人の言葉に頷いて
慰め 安らぎ 明日の目覚めを約束した
風が吹けば たぷたぷと
雪が降れば たぷたぷと
昔々の、とある物語り
 
高橋 辰雄
浜の夏
 
黄金(こがね)色に沸騰する海の上を
衰えの知らない夕陽が
デカデカと浜辺を撫でながら
その能弁ぶりを発揮する
 
日本海の夏は短かい
その短かさ故に激しく変貌する
様が好き
どろりと平(ひら)たくつぶれた夕日が
水平線に沈みかけた時
一瞬
おびたゞしい錦のくくり染めの
海は悲鳴にも似た声で溢れ出し
たかと思うと
息つく間もなく薄い夜のベール
を一枚ずつ重ねてゆく
 
残照の浜辺に
大きな鰹節の形に似たボートを
かつぎ又は抱えて帰えってゆく
若者達のシルエットが浮かぶ
あゝ
明日も晴れだ
 
田口 昭典
植物頌(xA)
 
  ヱホバ神土(かみつち)の塵(ちり)を以(も)て人(ひと)を造(つく)り生気(いのちのいき)を其鼻(そのはな)に嘘入(ふきいれ)たまへり人(ひと)(すなは)ち生霊(いけるも)となりぬ(旧約聖書創世記)
 
植物を育み支えるのは根の働き
植物の枝の広がり程の根があると云う
茎も葉も花も実もひっそりと根が支えている
流浪の人は根無し草と呼ばれる
 
時には反逆した根は
茎・葉・花・実を支えることを止めて
己の存在を誇示しようとして
大根・牛蒡・人参・蕪菁となる
 
植物の根は地球が陸と海に別れてから
そして岩石が風化して土壌となってから
土粒と接っし水と養分を受容し
朽ちては又土に帰って行ったのである
 
根は土の中に一つの王国を持つ
細菌も虫も蚯蚓も土龍も野鼠も蛇も住む
それ等に暖い寝床と食物と水分を与え
片時の団欒の後やがて土に帰る
 
人は昔地の底に根の国があると信じた
黄泉(よみ)の国とも呼ばれ根の堅洲国(かたすくに)とも云った
人が死んで赴く国は
植物の根と接っしていると古代人は思っていた
 
人は土が育てた植物を食べて育つ
身土不二と云い体と土は分ち難い
やがて生を終えて土となり
根と土の眷族となるのだ
          (作品一六六一番)
 
館花 久子
陶芸教室――学園の子供たち―― 
 
一羽の雛も
見逃してはならないのだ
長方形の庭を走り廻る
説明が分った動作なのか
次の行動へ移れる仕草か
彼らの細い指先に目は直進
それからおもむろに
視線を合わせ話しかける
濁りの無い三十一羽の瞳
方言まじりの指導
教科書の無い授業
カンニング大賛成
「先生助けて」
「次は先生こっち助けて」
困った時は透かさず
助けを求める約束済み
だんだん土の成型が変化し
完成に近づく安堵の叫び
出来上った作品に込めた
表現力を称えながら
共に癒やしの心に花が咲く
雛たちが社会で生きてゆく
力を育てる人間教育表現科
誰でも通る不安な思春期
見守りながらの陶芸教室
焼き物作り 土練り三年
ボランティア精神に燃えすぎ
ゴマを擂られ試験に合格
社会人講師になったけど
教えることは学ぶこと
本棚背にし辞典を並べ
縄文式だの千利休も秀吉も
この世に生かしてもらう為
人は生涯学びの道がいい
ほんの僅かな細い道
光はいつも前に有る
 
寺岡 玲
天  賦
 
枝葉が繁り 傘状となったニレケヤキの 下枝の
土砂降りの雨が 容赦なく弾け散る巣で
肩を寄せ合う 二羽の山鳩の雛
ででっぽっぽう ででっぽっぽう………ででっぽ
どんな意味の合図か 決まって七回半で 止めて
隣りの櫟の木に降り
上の枝から下の枝へと 巣に近づく親鳩
すぐ近くに親鳥がいると 気づいているだろうに
身じろぎ一つしない雛
その中に分け入り 胸元の辺りを突っ突いて
口移しに 与えている
これが ピジョン ミルクか?
かつて人間もこうして赤子を 育てたものだった
 
数日後 右へ左へと交互に首を向けると
雛は 親の口の中に嘴を突っ込んで餌を掘り出す
争うもなく 鳴くもなく 親が 口を差し出すま
では 黙っているだけ
見る見る膨れ育つ 二羽 親が来て羽搏けば
真似て初めて羽搏きの練習をするが あとは沈黙
無声映画の世界の中で 淡淡粛粛と 成長が進む
身を守り野に生き抜く 天与の性か
それとも 厳しい躾の育んだ性質か
 
遂に飛翔の時が来た
天敵から身を守られるだけの力がついたのか
何度か右へ左へと 試飛行を繰り返していたが
いつの間にか 電柱の横木に止まり
親鳩の左右にいて 餌をねだる 頻りに 争って
三重苦のヘレン=ケラーのように 見るも聞くも
鳴くもできないかと思っていた雛 ―― の大変身
もうこわいもののなくなった鳩一家の空中ショー
 
今頃は山の中で 鳴き方の特訓中かも
時々三羽か四羽の一団が 家の辺りを飛んで行く
 
寺田 栄子
春を待つ
 
(しば)れた朝
マイクロバスで少年鑑別所へ向け出発した
町並を過ぎて
車窓に映った
白銀の世界
冬の晴れた日ほど
すがすがしい気分になるものはない
白い北国の澄みきった甘い空気
青い宇宙に
銀色の光が飛び散って
眩しく輝く樹林の枝々
 
秋田市の一角に
目立たぬように隔離された建物
雪国に育った少年達
いつの間にか純粋な魂は
闇の中に迷い込んだまま
叶うことなら
時計の針を逆回りさせたい
少年は心を揺らしながら
故郷の人々や風景を思い
閉ざされた部屋に籠り自省を深める
 
雪が消え
土を蹴り出し
新しい生命が芽吹く季節
少年はひたすら春を待ち侘びる
窓辺から天を仰ぎ
緩やかに舞い降りる
雪の花びらをいつまでも眺める
 
戸嶋 千枝
雨のふる日は
 
雨だれの音を聞きながら
ひとりで
あれこれ遊んでいます
 
家の前 下水道の工事中
畑に行けば 光ファイバー埋設工事中
田んぼの真ん中 高速道路建設工事中
国道走れば 道路拡幅工事中
山見れば あざやかな秋色 なごみ色
 
意味もなく万歳し 政策もなく選挙地へ
結婚式 やっとのお開き 最後は何故万歳
死ぬ前に 万歳と 叫んだなんて
一体誰が見ていたの
運動会の 綱引き玉入れ
勝って歓声 万歳してる園児たち やったね
 
実は 内緒なんだけど
わたしも 自分を 構造改革中
良妻賢母? そんな言葉あったっけ
良くできた嫁? 年に一回ぐらいなら・・・
娘役 いいかげん手抜きしなきゃね
愛想のいい隣人 やめよう やめとけ
まず最初 頭の意識改革
これが なかなかてごわくて
長年の慣習を変えるのは至難の業
次は 心に改造メス
これは派閥が多すぎて 手の付けようがない
ありとあらゆる感情が 足を引っ張り合う
シュワッチで 変身するには
身が重すぎるかも
 
雨が止み 東の空に大きな虹が・・・
もうすぐ夕暮れ
夕餉の支度しましょうか
 
成田 知枝
ある賛歌
 
傷みかけたテーブルの上
漆黒に塗られた鉄製の頭部
はずみ車や送り金 黄金率の構図に
納っている足踏み ミシン
半世紀も過ぎてしまった今
長いようで短かかったおつき合い
世間であなたの事をアンティックと呼び
装飾品(インテリア)ともよんでいるようだが
人生百歳の今の時代 未だ現役のばりばりと
赤い気炎をあげている あなた
かつて 世をあげての高度成長期には
眠る間もなく働き続け
時の流れに命運を託してきた
気の遠くなるような忙しさも
くぐり抜けてきた同志
 
今不景気風が吹き荒れて
色褪せたマネキン人形の横顔
めっきり仕事も少なくなってきたが
折目正しいあなたは
いつも機嫌よく正座して
自分の出番を待っていてくれる
 
初々しく そっと踏んでみる
リズミカルな音調
スポーティに 華やかに ゆらぎ
構築されてゆく ミシンの縫い目は
美意識そのもの
布の深々のいのちをよびおこし
織り繋ぎ 編まれてゆく
 
ひたすら平坦な布地
 
テーブルの上で
魔法にかかったように
乱舞変身する
ドレス スーツ ブラウス と
ドレープの流れは
青い海原 水面(みなも)を漂よう
さざ波に溶けてゆく
フレヤーの広がりは
雲のひろがり
果てない宇宙の
大気の中へ  と
 
根本 昌幸
手  紙
 
私は詩が好きです
愛しています
あなたのことも好きです
愛していますと
昔、手紙を書いた。
そのひとから返事がきた。
わたしもあなたのことが好きです
愛していますと書いてあった。
だが そのひとはもういない。
その後そのひとにどんなことがあったのか
朗らかなひとだったのに。
自からの手で遠い国へと
旅立ってしまった。
そのひとはいつまでも
私の書いた手紙を持っていただろうか。
そのひとから届いた
水色の封筒には
海の匂いがした。
私は海辺で
その手紙を燃した。
さようなら
私の青春。
さようなら
私の思い出。
私は生きて行くよ
そのひとの分までも。
 
間 紋太郎
私に出会いたい
 
詩人でない 私
死人でない 私
 
言葉のない 私
意味のない動きの ロボ 私
 
とても気の弱い 私
明日を 知らない 私
 
いつも焼酎を飲んでいる 私
ニヤニヤ 笑っている 私
 
高齢になった 私
近いとは思うが 一寸先も見えない 私
いくら解体しても
本当の私は 出て来ない
 
私は居ない
ニヤニヤ笑って いても
私は居ない
 
これで明日 終りと知っている
私は居ない
 
私は 幾つになっても
明日の分かる 私を
捜して居る
 
畠山 義郎
稲の花
 
薄みどり一色の花莚
盡きるなくつづく
鼻腔をくすぐる
花精の匂い
短日の交合
稀に人が
立ちどまる
 
 あわれひそかなる
 稲の花
 頴をひらきて
 咲きいでぬ
      ―真壁仁「無限花序」冒頭―
 
盛夏のとある日
伝播する
荘厳な儀式
かぎりない 寂かな
波のように
おとなく繰りひろがる
私が点滴された
あの日
秋に向って収熟してゆく
その姿勢を再現するか
 
稲よ
幾千年も人間を同伴
人間が倚り添って
生かされ
反逆と愛着
葛藤がドラマになって
歴史に格納されて
 
結局文明は
乖離を強いて
稲の花
しとどに豪雨に降られ
無精に洗い落されて
ゆく
 
大根引き
 
夕昏せまりくるせせらぎ
(せわ)しく洗いまくった真白なるもの
積み重ねたリヤカー
私は私の土まみれの足を
もうひとつの私の足と交互に擦(す)
大根引きの結末を
真白に洗う
この相(すがた)
子ども時代に格納された宝もの
 
解放された冷え切った手の指
両足を小器用に使って
互いに擦られ擦り
手も足も同じ私
私が私のすべてに冷(つめ)たいものを
分ち
私の体温で宥(なだ)める
 
出羽丘陵に沈む
短日の日脚
夕餉のあしらいをめぐらし
乳房もろとも五体が曳く
無我盲目
わが家へ急ぐ人
 
 
生命(いのち)あるものみなの渇仰
この臆病ものどもが大歓迎
日輪がにゅぅっとのぼる
さあ 食漁りの大展開
 
いつしか影法師が消え
 
平塚 愛子
 
いま 私の手にある
ジャンヌダルクの絵本
 
遠い日 屋根裏の裸電球は明滅
カリカリ カリカリ原紙を切る音
深夜のねむりをはいで疾風が板戸を叩き
間もなくセンソウになるとの知らせ
 
昭和十二年 盧溝橋で突然銃声が火を吹き
村にも召集令状がとどいた
文ちゃんは赤紙をちぎって空に放り
おじと握手をして戦場に曳かれていった
カタビラ姿のおじは白い粉を喉に流して
後を追いかける
戦場に散った二つの魂の叫びが―
 
 山が哭き
 風が哭き
 
屋根裏に閉じこもり
センソウとは何か 聖戦とは何か
ジャンヌダルクの絵本にきくと
おじの怨念が立ち上り
海を越えていった少女の紙芝居が燃えた
 
遠い昔から絶えることのないセンソウ
今日もイラクの銃声を風がはこび
逃げまどう子等の命を砂床にねむらせ
血の一滴も無駄にするなとしたたる雨
見よ、黒衣の下で爪を研ぐニセの聖者を
 
妬み裏切のワナにはまり魔女の逆落し
ジャンヌは火あぶりにされ
 何が真実(ほんと)
 何が嘘(うそ)
炎のなかでさけぶ声が
いまもきこえてくる
 
福士 一男
年  代
 
こんな狭い土地で
陸とか
海とか
モノローグめいた
言葉にならない
ことばを吐いて
 
遠い昔の原野を偲ぶと
その田地 その畑地も
かの桜桃の大樹も消えた
 
こんな狭い土地で
陸とか
海とか
モノローグめいた
言葉にならない
ことばを吐いて
 
こんな狭い土地で
これから どんな
恋人と逢うのか
逢わないのか
 
回復とか復権とか
古典的な装いから
また新しいターゲ
ットに向かってい
 
この世に 永遠
はある
それは宇宙 それは
 
ナスカの地上絵か
マチュ・ピチュか
マヤ文明か
二〇〇四年も
二〇〇五年も
人生は 歴史とともに
加速していくのではないか
 
お前がそんな重い
ことを そんなに
軽く言うとは
いつぞえ近くの理髪店で
逢ったことのあるお前で
あったか
 
こんな狭い土地で
陸とか
海とか
モノローグめいた
言葉にならない
ことばを吐いて
 
過ぎ去りし青春をしのび
来るべき年代にむかっての
豊穣を祝う期待であったろう
 
福司 満
役場ぁ無(ね)ぐなる
 
(だ)
破綻(かまどけし)たんでら
役場ハァ
廃止(ね)ぐなっとやぁ
 
辺地(かっち)サ行(え)って見れ
萱葺屋根(かややね)コも破損(べっちゃぶれ)れデ
晩秋(あぎしね)の風(かじぇ)ばり
谷底(さわこ)がら吹ぎあげで
そんた村コぁ
あどハァ不要(えらね)どやぁ
 
(むがし)むがし
(えしこ)拝んで
石鏃(やじりコ)で兎コ狩猟(と)
村人(んんながら)
掘建小屋(のまごや)の燻(え)ぶった炉(えぬぎ)
真っ赤だ顔(つらこ)して
少々(さっとこ) 前歯(しれぇは)コ光(ひか)らひデしゃぁ
 
あれがら
何千年も
何百年も経って
どごがの機嫌取り(したばらこぎ)だの
どごがの策略者(さんびゃぐ)だの
無能者(はんかくしぇづ)(ど)
(くんた)コぁじょくり揃えで
合併だの
市民権だのテしゃぁ
 
そんたごど
(おべ)ったんでら
大和尚ぁ
(ひぎ)払一(ふと)つして逝(え)ってしまたおン
ぼがぁ〜とした冥途(ひあだりこ)
檀徒(んんながら)どこ待ってるべしゃぁ
 
藤田 励治
タンポポの対話
 
初夏は みどり の風
風に飛んで故郷を創る
 
タンポポは 街角の歩道でも
村村の畦道でも
綿帽子に乗って
わたしの故里だと 生きつづける
 
黄色い花を
うつむきながら 咲かせる
そんなタンポポは
私の花
私たちの花
 
真由香ちゃんの頭に結んだ花は
故郷の空に舞う 楽しい花だ
 
春の小川に
うつむきながら 咲く花は
働らく人たちの花
語る 花だ
 
アメリカのブッシュ牧場で
羽根を切られた鳥に
ついばまれる悲しい 花だ
 
タンポポのふるさとは何処
日本タンポポは 言う
アメリカの牧場ではない
日本の畦道だと
 
飽くことなく戦いをつくり
異形の影をひきづりながら
かけづり廻る一国主義者の
みにくさ
 
タンポポは唱う
その恐ろしさについて
タンポポは語る
わたしたちに
 
タンポポの 対話は
意味深かった
優しい語り口は
口説のようであった。
 
藤原 祐子
すりこぎ
 
すりすりすり 見つめていた
小さな手で
すり鉢をしっかりおさえながら
すりすりすりと
ごまやとうふ くるみなどが
いい匂いを発して変っていく様を
 
すりすりすり やってみたいとねだって
魔法の棒でないことを思い知らされた
右手も左手も両方回そうとするから
ずりっ ずり
 
そんなこんなである日
すり すり すりすりすり
すり鉢の中での
力まない力のバランスの世界を知った
 
あれから何十年にもなるけれど
私自身は
大きな大きなすり鉢の中で
うまくバランスをとれずに今日も
ずり ずりずり 音をたてている
すり減っていく
 
船木 倶子
はじめての日
 
(め)をあけたとき
うつしだされたくうきはすきとおって
とうめいなかぜがうまれた
かぜはむこうを吹いていった
 
はなはどこにねむっていたか
はなはどこで蕾んでいたか
ただ天からの華たちが
やまないとおもわれるほどその日はつづき
 
しずけさでおおわれたとき 雪の華のひとひらが
軒をつたったひとひらが
まぶたのうえで乳くさい温さに溶けた
 
前田 勉
既視感
 
朝早く
夢に追いかけられて目覚めると
遅れてやってきた時間が
想うことや
隠してしまった感情を引き連れて来る
 
 
  連なったり
  時には気まぐれに寸断されながら
  その空回りする時間の
  刻み重さ長さ密度匂い音たちが
  こま送りになって流れたり
  消えてしまったり
  まるくなったり
  ぐにゃぐにゃと
  そのときの感情にそって変形したりする
  ものたち
 
 
どこかで見たような
いつか感じたような
そう
これと同じようなことがあった
と気付く既視感の
タイムラグに似た
曖昧さ
その延長線上で
所在不明な時間が空回りしているのを
観ている自分
を観ている
 
丸山 乃里子
落  日
 
坂の下は海と教えられた
訪れた人はもうこの世にいないと知った
 
坂の途中には危なげにかしいだ家並みがあった
 
坂の幅だけの海が見えて
ちらちら跳ねているものがあり
 
石垣が少しずつ高くなり
 
表札が干し魚のように吊られている
中に棲む老いた人の あれは咳かしら
 
中頃に場違いな剣道場があって
格子窓から竹刀のにぶい音がもれてくる
 
坂を降りきると
大きな金魚鉢が燃えている
 
黒い目玉が散っていて
ああ
あの目にも今火がついた
 
金魚のヒレとヒレが重なり合って
鉢から滑り落ちそう
 
金魚の重たさで鉢が傾き
「来ないで」と言いながら
傾いたままで縁を次第に濃くしてゆく
 
三浦 ひろこ
還  暦
 
各駅停車の鈍行に乗って
還暦という駅に辿り着いた
列車はいつも満員で 賑かだった
幼児を背負い 両手に子供の手を引いて
雨の日も 風の日も
乗り遅れまいと急いだ時もある
やがて身軽になって 一人で乗っていた
幾多の人々との出合いと別れがあり
人間への温かい関心を抱きながら
安らぎと蘇生を求めた
 
またある時は
戦争に疲れ 傷つき 餓えに苦しむ人々や
痩せ細った子供達
救いを求め 平和を夢みて死んで行く人々
窓の外の悲しい風景を見ながら
列車は進んで来た
 
途中下車して自然を満喫する
春爛漫の花の中に体を沈め
深く空気を吸い込み
英気を培う
家族が互にいたわり合い
創りあげて来た家庭の中で
子供達は大きく成長し 巣立っていった
新たに自分達の家庭を創り
豊かな土壌の中で子育てする
 
幸福(しあわせ)
地道な繰り返しの中で創られることを
還暦の駅は教えてくれた
 
宮腰 道子
心  音
 
まだ少女とは呼べない
女の子がひとり
晩秋の田圃に佇ちつくしている
 
風にあおられ ひるがえる
赤いスカートが
閉じたり開いたり
ひときわあざやかに
赤いパラソルの花が咲く
 
小都市から引越してきたばかりの
女の子には
隠しようのない
動揺がいくつもあって
桜色の拳に握っているどんぐり三つ
一晩中握りしめて眠った
どんぐりの実には
まだ 仄かな温かみが残っていて
こころの訴えに耳をそばたてる
 
形のない見えないものが
少しずつ見えはじめ
覚えた言葉の数だけでは
深く伝えられないもどかしさ
かぎりなく碧く澄み
湛えられていくいのち
 
可憐な胸に希いの種子がこぼれる
 抱きしめてくれる
 やわらかな掌の
 透ける細胞のひとつひとつに
 灯をともし
 未知を織り込む優しいことばの
 熱く流れる絆の
 
うすむらさき色の山脈(やまなみ)に瞳をこらし
成長の心音に差し込む
光の声を
待ちわびて佇んでいる
 
宮野 栄子
君よ謳(うた)――私立希望大学学歌―― 
 
見上げる君の瞳に
木々のゆらぎは映ったろうか
木洩れ陽は優しかったろうか
見上げる君の瞳に
空は碧く広がったろうか
雲は軽やかに渡ったろうか
厳しくも健やかな大気求めて
若い叡智 その科学
熱い心 その技術
今 われら 集う 究めようと
 
野に佇つ君に
大地の緑はそよいだろうか
名もない花たちは笑ったろうか
野を行く君に
川はたゆとうていたろうか
鳥たちの歌は聞こえたろうか
厳しくも安らぎの大地求めて
若い叡智 その科学
熱い心 その技術
今 われら ここに集う 究めようと
 
あゝ見はるかす宇宙(そら)
あこがれの光たちよ
生命(いのち)の豊かな営みを この星に
今われら集う 満たそうと
おお 創造の泉 私立希望大学
          私立希望大学
 
山形 一至
忘却の秋
 
髪が抜けてきてそこが痒い
M子を呼んで ちょっと見てくれといったら
とうに髪の毛なんか一本も生えていないわよといった
身体についていたものが
いつの間になくなってしまったのだろう
心臓はまだ納得できないでいる
するとこの呼吸も錯覚なのだろうか
深く深く空気を吸い込む
 
心配いりませんよ
お望みならカツラをつければもとどおりよ
こんどはM子を錯覚させるのか
受容した意識では
白い髪になってどんどん生えてくる
ひとは色落ちして境界線の上を歩いている
 
抜けるような青い空
そこから再生する力が湧くのか
まぶしい光が降りそそぐ
 
長い年月だから
心の準備もあろうが
足早に迫ってくると
身をかわすことも容易でない
抜け落ちた髪は
何の欲望ももたず目の前から消えていく
鏡を見て
私は誰
と話しかけている
背後には底知れぬ沼があるようだ
ここは異国なのかもしれない
 
自嘲の風が
脇の下のあたりを駆け抜けていった
あれは汚れ物だったのだ
余ったものが好奇心と一緒に出ていっただけだ
ちょっと力を加えただけで崩れゆく風景
辺りが闇に沈んでいく
 
ああ 眠くなってきた
少し眠るか
(もうとっくに眠っているじゃない)
妻の声が遠くでしたようだった
 
突如 どす黒い雨が
頭上に降ってきた
 
山本 かつたか
スポンジラバー
 
あれから七回転居して
失恋もして
食うに困り
キャベツだけを食べて
生き延びたが
ふと
夕闇の中
ほのかに浮かぶ
卓球ラケット
今は使えぬ
スポンジラバー
置き去りにされた
高き誇り
 
柔らかい打球感
驚異の回転力
スポンジラバーの
ラケットとの出会い
誰との出会いより
嬉しく
 
秒速二〇メートルの
球威も恐ろしくない
柔らかく受け止める
その感触
奥行きのある人物になれよと
諭される日々
で…あったが
 
日本選手がスポンジラバーで
世界を制覇したとき
世界は強引にルールを変えた
スポンジラバーは滅んだ
俺と似た道を歩んだような
このラケットが愛しくて
 
悠木 一政
寒い夏
 
山際に肩を寄せ合い
竹林に包み込まれて
黒い軒を並べている谷間の集落
もう幾日になるだろう
寡黙に降りつづくこぬか雨
三十年も前に途絶えた蚕の糸になって
 
若竹の先端がかすかに揺れ
落ちるしずくが
薄明かりの中で鈍く反射する
ようやく始まる今日の朝
谷間にこだまするヒグラシの鳴き声
 
 かなかなかな……
 かなかなかな……
 
そういえば
今年の夏は
季節の到来もヒグラシが告げた
広葉樹林の奥深くから
遠く恋人の名を呼ぶように鳴いて
 
夏蝉の鳴かない夏
天と地を結ぶ絹の糸を手繰りながら
年寄りたちが畑を耕している
 
吉田 慶子
バグダッドのネコ
 
オレサマは人間という生き物を尊敬してたよ
神と家族に心を委ね それなりの仕事をもち
社会と政府を作ってる生き物は 他にないからね
でも 尊敬してたのは昨日までのことさ
 
二〇〇三年三月二〇日 明け方
ドドドーンときたね
 
暗闇と土煙の中を
男だか女だか若いか老いか
定かでなくなってしまったうごめく者達が
逃げまどい 叫び 途方にくれる
地獄とはこのことかと思ったね
 
ついさっき
瓦礫の隙間を全速力で狂い走っているときに
ハナコとその子ネコ等が視界の端に入ったさ
母子とも焼け爛れてのたうってたけど
形のいい前足といい顎から首にかけての
オレサマ好みの線といい
あれは確かにハナコだった
ハナコと分かっても
オレサマはなんにもしてやれなかった
自分の命だって危ういのにさ
昔の女を救ってやるゆとりなんかなかったさ
しっぽをからませて同じ月を眺めたことも
一度ならずあったなあと思うと
涙で戦火もかすむってことよ
 
オレサマにこんな切ない思いをさせる
ミスター好戦氏とはどんな人間なんだい
大量破壊兵器とやらを出せ出せと迫ったあげく
見つからない 時間切れだと
大量殺りくをしても許されるものかね
ねらいは石油か?単なる戦力誇示か?
そんなつまらないものに命はかけられないよ
 
オレサマ達ネコ族も食と誇りのためなら
耳や鼻をブサブサにすることも珍しくないよ
だけど殺し合いまではしないよ
お互いの生存権ってやつだけは保障し合ってるさ
 
うわあ ミサイルが降ってきた
いよいよだめかも知れない
ハ ナ コ オ ー
 
米屋 猛
天  使
 
   生きるの もう少し
目ざめに 遺影の肖像画になった詩人に じっと見られ
写真になった詩人が 側でほほえんで
 
目ざめの前の眼にうつる 一緒に川を渡って下さっている方は
どなた?
(誰もいないのに 誰かがいる)
 
帰りの道を見失ったとき
こちらへね
指して下さったのは
どなた?
(誰かがいる 誰もいないのに)
 
出あっていたのですね
遥か以前 かって死んだその前に
 
死の先でも 会えますか
 
   もう少し 生きるの
目ざめの後に 声がして
 
若狹 麻都佳
墓に咲く花――Che★Guevara
 
涎が出るほど
 おまえが欲しい
 
という言葉に
魂が震える音がする
それは
肉体と等しい
真実だ
だから
夕べ 静かに眠れ
僕の墓で
 
 ヴエナビスタ……
 
奇妙な歪みのある
音楽が流れ
異端の戦士は
美しい屍を晒して生きている
永遠に。
 
愛おしいゲバラよ
 
梔子の花を ふたつ(ふたつに傍点)
君にあげよう
わたしたちは信じるだろう?
裏切りの嘆きを
愛するために
 
愛しいキューバ
 
打ち砕かれてゆく歌声
木々は悲しく心を打たれて
いま、
全てが叶う
時が来た ―― !
 

| ホーム | プロフィール | 会報 | 会報2 | 詩界ニュース | 年鑑 | 詩誌 | 詩誌2 |
| 先達詩人 | 来秋詩人 | 戦後詩年表 | 詩碑 | 詩碑アルバム | What's New | リンク集 |


[PR]話題の新車を無料プレゼント中:必ず当る抽選会!今すぐ応募で簡単GET